2015年8月16日日曜日

萩LOVEハイスクール0期(2010年度)

2010年5月、プロジェクト型授業の相談をするために萩市国体推進室を訪ねた。私が担任をしていた情報デザイン科三年生の「総合実践」という授業では、社会と繋がったサイト制作を目標にしていた。1・2年次での基本的な技術を身につけていたため3年次には5人を1グループにして模擬ホームページ作成会社を作り、実際に公開されているページをグループで競い合って作るということにしていた。実際に公開されているページを作ることで多くの社会人との関わり、実践力が高まり、グループ(チーム)での制作を通して授業内でチームワークを身につけられると考えたからだ。しかし何を作るかというとその選定が難しかった。まず高校生が授業内で作るものなので、時間がかかる。また公開した後のドメインの管理や更新について考えておかなくてはならない。そのような条件を満たしたサイトはないかと考え探していたところ思いついたのが、萩市国体推進室のホームページ作成だった。

2011年は山口県で国体が開催される年で、各市毎に国体のサイトを作っていたのだが、萩市には独自のサイトを作っていなかった。他の市の多くは業者に発注していたが萩市にはその予算がなく萩市市役所のホームページのコンテンツの一部として情報発信していた状態だったので、これを高校生が改善していくという方法が取れないか?と国体推進室に持ちかけたのである。
担当の方はどんなものが作れるか見せて欲しいということで、早速ホームページ作成に取り掛かった。

この取り組みをよりパワフルなものにするために山口県内のネットワークを活かした。ちょうど4月に「第1回山口県WEB勉強会」が開催され県内外の面白い人たち(福岡のプログラマーや広島のSE、山口県内のデザイナーなど)が何か新しいことを始めようとしていた。そして県外の仕事をメインにしているレベルの高いWEBデザイナーやSEを4名招聘しアドバイザー兼審査員として関わってもらうこととなった。そのうちの1名は当時国内でも有数のユーストリーマー(Ustreamで動画配信をする人たち)だったので中間プレゼンや最終プレゼンは授業をユーストで配信した。

2011年2月に選考で選ばれたサイトが公開され、2011年12月まで更新された。(更新は情報処理部の生徒が行った)2010年12月に、このユーストの配信を知った地域活性化団体「萩LOVE」(任意のボランティア団体)のメンバーが訪ねてきて、一緒に萩LOVEのページを高校生に作ってもらえないか?と聞いて来た。詳細はまた年が明けてから、と言われ少し忘れかけていた3月中旬に萩LOVE代表の大平さんや萩LOVEホームページ作成者の吉賀さんたち数名で話に来られた。私ともう1名の教員2名で対応した。萩LOVEからはメリットとして、ホームページ作成の指導をプロから受けられる、自分たちの作ったものがWebに残っていき、いつでも萩を思い出せるなどがありますとの説明があり、私たちも萩LOVEについてやホームページの更新についていくつかの質問をした。
(参考:萩LOVEのサイトより)
http://www.hagi-love.com/hlh/1306394024331.html

話し合った後、2011年度から萩LOVEと一緒に授業を行っていくかどうかについて教員4・5名で検討会が持たれた。外部の人たちを授業内に日常的に入れていくということは今までなかったので、多くの教員は不安があり反対する意見も多く出た。私はその中で、2つの肯定的な意見を言った。
1つは、自分たちの地域を良くしようとボランティアで活動している人たちの姿を高校生に見せることで、その情熱や心意気を感じてもらえるのではないか?もう1つは地域情報を得るためにフィールドワーク(地域に出て話を聞くこと)が増え、自分たちの地域について知ることができるのではないか?

そして最後に「萩LOVEと一緒にやりたくないならやらなくても良いが、もしやらないのであれば別の授業コンテンツを用意する必要がある。それを探すのは大変で今年度のように上手くいくとは限らない。以前のように学校内だけで完結するクローズドな会社ごっこにしても良いが、それは後戻りで生徒のためにならず、情報デザイン科の未来がないと思う。良い代替案を探すか萩LOVEと一緒にやっていくか、生徒にとって何が良い学習環境かを考えて決めていきましょう」と言った。


そして新たな代替案は出ずに、2011年度から萩LOVEと協力した授業が始まることとなった。始まりはみんな不安だったのだ。

2015年3月15日日曜日

働き方と学び方の多様性 。ワークライフバランスの取れた働き方と反転授業の関係について

IT革命より様々な価値観が変化してきているが、働き方や学び方も大きな影響を受けて来ている。

ダンクソフトという会社は、社員のワークライフバランスというかライフ(人生)にかなりフォーカスした会社だと思う。普通の会社は、会社なのだから、当然ワークにフォーカスするのだが、この会社はちょっと違う。(ワークにフォーカスすると自然とライフにフォーカスするようになった、というのが本当のところかもしれない)

社長の星野さんとはコスモピア社長の田子さんを介して一昨年にお会いし、それからいろいろと縁があって昨年はリアルにお会いしたのも5回(東京で3回,萩で2回)くらいあり、ネット越しに会ったのも含めると10回くらいは顔合わせして話をしている。10歳以上歳の離れた先輩にこんな表現をするのはどうかと思うのだが、一緒にいるととても気持ちが楽になる方だ。
一昨日の3/13に松山市で星野さんのお話を聴いて思ったのは、思想が21世紀型で、反転授業の思想と一緒だな、ということ。

ダンクソフトは、社員からボトムアップで出てきた働き方に対する提案や意見をしっかりと考えて採用し仕事を回している。
徳島県などにあるサテライトオフィスにしてもトップダウンで出てきたものではなく、社員の要望から出てきたもの。
今までも何度も同じような話を聴いてはいたのだけど、仕事でなく星野さんの話を聴くのは初めてだったので、今までよりも集中して聴けて改めてこの柔軟性の高さはすごいな、と感じた(集中して聴いたといっても隣のダンクソフト兼サイボウズの中村龍太さんと途中星野さんの話についてチャットしていて聞き逃した点はありますが・・)

僕たちがいま取り組んでいる反転授業やアクティブラーニングの根っこにあるのは、子どもたちの21世紀型スキルの獲得なのだけど、根本的なところが一緒だな、と思った。
ダンクソフトのワークライフバランスの取れた働き方は、従来の経営者主導のトップダウンによる長時間労働で専業という働き方ではないし、反転授業の教え方や学び方は、授業者主導の一方的かつチョーク&トークによるアナログな授業とは違う。
もちろん経営者や授業者は目的や指針を示し指導はしなくてはいけないが、そのマネジメント方法はコアとなる部分を除いては、社員や受講者に委ねているところがある。
星野さんは権限委譲を行い主体的に働くことを推奨しているし、反転授業を行う僕らも、授業をデジタル化して外部化し受講者のペースで主体的に学ぶことが出来るように勧めている。

星野さんは元々アーティスト(音楽家)でその後プログラマーとして働き始めたという経緯もあり、またダンクソフト(最初の社名はデュアルシステム)初代の社長とは血縁関係なく会社を託されて社長になったという経緯もある。その辺りが普通の会社ではあまり出来ないところを軽々と越えている要素なのかな、と思う。
軽々と越えている、と書いたが、おそらく陰では相当の努力をしているし、また大変な修羅場を何度もくぐり抜けて来ているので、その体験がバックボーンにあって軽々と越えているように見える強さがあるのかなと推測する。
テレワークや在宅ワークなどを取り入れて、社員の要望を充実して働くいうのは一つの理想だと思う。

ただこういう話をすると「みんながそんな働き方が出来るわけではない」とか「一部の特別な人たちだけだ」や「サービス産業だけでなくて1次2次産業の従事者もいるのだ」、「四六時中仕事にフォーカスしていないと1流にはなれないし、競争に勝てない」などの批判も出てくるのだが、そういう働き方も含めて働き方が多様になる社会が良いと思っている。

我慢して働いてその対価としてお金を得るという働き方ばかりだと、、、ね。
それと同じで、成績を良くするためだけに勉強しているばかりだと、、、ね。

反転授業の話でも、その負の側面を語る人たちもいるのだけど、僕は星野さんと同じように、人生を楽しむ方向に歩んでいきたいので、あまりそれについては気にしない。

最後に星野さんの良く言われている2つの精神を紹介して終わります。

「楽"Play"の精神」
「Love your life, love your time」


2015年2月18日水曜日

トラブルは学びの山

このブログを書き始めたのは2月18日(水)1:00
本日は僕の勤務する学校の修学旅行3日目であった。
今回の修学旅行は行く前と行ってからの両方ともにトラブルの連続だったので、大変貴重な経験をさせてもらっている。そのことを今後の自分のためにも他の誰かのためにも備忘録としてここに残しておこうと思う。

僕自身にとって今回の修学旅行は年度当初は関わりの薄いものであった。今年から情報デザイン科だけでなく総合ビジネス科も合わせて商業科全体と束ねる立場となったため、昨年度担当していた学年主任を外してもらった。おそらく今回の修学旅行には関わらなくてもよい、という判断がされるはずであった。
しかし、諸事情により修学旅行に団長をサポートする立場としていくこととなった。それが昨年の12月のことである。この学年は4クラスあり担任とプラス2名の計6名が引率することが決まっていた。私は担任を持っていないため「プラス2」の1人という立場であった。この時点まではあくまでもサポーターであった。


ところが、実質的に団長として参加することになってしまった。
何故そうなったのかを以下に時系列にそって箇条書きしていこうと思う。

1. 修学旅行を1週間後に控えた2月9日(月)に団長がインフルエンザと診断され団長不在となった(大事をとり修学旅行前日の2月14日まで自宅で待機することとなった)。この時点で実質的に団長として修学旅行に臨む覚悟をした。

2.2月10日(火)時点であるクラスにインフルエンザが蔓延し、学級閉鎖にして感染を防ぐ必要に迫られた。僕はこの日別のイベントを主催していたためそのイベント運営に注力し、それが終わった後にこの状況を知った。

3.2月11日(水)建国記念日で休日に上記クラスのインフルエンザ感染者が規定数を超えたため学級閉鎖を行う。

4.2月12日(木)午前に他の2クラスでインフルエンザやインフルエンザと思われる発熱での欠席者が35名中10名弱出る。

5.2月12日(木)午後にインフルエンザで自宅待機している生徒から初日からの参加は無理でも17日(火)からの参加はできないか?という相談を受け、その対策案を練る。

6.と同時に修学旅行中にインフルエンザが発症した生徒を自宅に戻すためのシミュレーションを行う。

7.2月14日(土)に数クラス担任から「インフルエンザだと昨日時点で分かったと本日連絡を受けたがどうしたらよいか?」や「11日時点でインフルエンザだった生徒が行程全キャンセルしたいと言ってきているがそれでよいか?」などの連絡を受け対応し、航空機のキャンセル等の連絡があるため旅行業者とも対策を行う。

8.2月15日(日)修学旅行初日当日の朝、1名インフルエンザで全行程キャンセルの連絡を受ける。

9.結局7名インフルエンザで欠席のまま学校を出発。17日(火)から合流予定の生徒は16日(月)の午前中までに体調等の確認、後発生徒引率教員への連絡の段取りつけて航空機へ乗り込む。

10.羽田に着いてiPhoneを航空機モードから戻した瞬間、後発で生徒を引率する予定であった教員が来れなったことが判明する。バスに乗り込みすぐに教頭と代替教員について相談し決定する。

11.2月16日(月)午前に17日(火)に出発する後発組の確認と引率教員の予算の段取り、体調不良者への対応を午前中に終え、これで目処がついたとゲレンデに戻ると39.2度,38.5度の高熱を出した生徒が出たとの連絡を受ける。

12.急ぎ病院へ行ってインフルエンザの検査。陽性。シミュレーション通りの結果であったが、現実になるとさすがに堪えた。しかし感傷に浸る暇なく病院へ行った教員、旅行業者、教頭各方面へ連絡・指示。

13.次の日の新幹線等の手配が一段落した時に、もう一名38.8度の高熱の生徒が出る。即病院へ。インフルエンザ陽性。

14.結局3名が帰ることになり、諸々の手配を行う。

15.同時に誰が上記の3名を引率して帰るかについて深夜ミーティングを行う。

16.当初女性の教員が17日(火)の後発組を引率してくるため担任以外の女性の教員が3名引率して戻る予定であったが、代替教員が男性であったため、女性教員を帰すと女性が1名だけになってしまうため担任以外の男性教員を帰した方が良いのではないか、ということが考えられた。

17.そうなった場合、担任以外の男性教員とは僕しかいなかったため、僕が3名引率して帰るという提案をした。

18.しかし僕が帰ると指示系統が乱れて困る、という意見が多く当初の予定どおり女性教員が引率して帰ることとなった。

19.17日(火)は5名(7名のうち2名は全キャンセルとなったため)修学旅行に後発で参加し、3名がインフルエンザ発症のため帰るという状況になった。午前中は定例の教頭の連絡、5名を引率して来る教員との連絡、3名を引率して帰る教員との連絡、他の用件で連絡してくる教員との連絡、他のバスに乗っている担任や旅行業者との連絡などを分刻みで行う。

20.17日(火)にインフルエンザが出た場合の対応も十分に考えて移動する。

21.幸い17日(火)にインフルエンザの発症はなかった。

以上が2月9日(月)から2月18日(水)1:00までの顛末である。
この内容は自分自身を振り返ることとともにこのような事態になった時に、何をどう対処したらよいかのケーススタディーとして活用できるのではないか、と考えてここに記載した。

本日18日(水)がどのような結果になるかは、追記でお知らせします。

2014年12月31日水曜日

Noovoのクラウドファンディングについて〜Ane Einさんを応援しています〜

Ane Einさんのクラウドファンディングを応援しています。
Einさんはイギリス在住のアーティスト でありシリアルアントレプレナー(連続起業家)です。まだ彼女は20歳と若いのですが、その経験値は驚くほど高いです。
e-Learningの会社を経営していた彼女は世界をフラットな良い方向に変えようと小さな企業やスタートアップをブランディングを通じて支援する「Noovo」を立ち上げました。
(Noovoを立ち上げた経緯は下記URLからご覧ください)
英語原文は以下
http://5914.co/the-making-of-noovo/
日本語訳は以下(田原さんの解説付き)
http://masatotahara.com/?p=1157
あとクラウドファンディングについてやEinさんについても「Naverまとめ」でまとめてみたのでご参考ください
http://matome.naver.jp/odai/2142003226736790601

僕がEinさんを知ったのはFacebookグループ「反転授業の研究」を主宰されている田原さんを通じてなのですが、田原さんのことは今までのやり取りの中で全面的に信頼しているので、「信頼している人の信頼している人はほぼ間違いなく信頼出来る」ということとAneさんのWebサイトや動画を見て、この人はある意味で本物のソーシャルアントレプレナーだと思ったので全面的に応援し始めたわけです。
一般的に若い人は自己実現(社会的・利他的なファクターのある行為)する前に自我実現(アイデンティティーの確立)に苦しんでいて社会的な関心が低いことが多いのですが、彼女はすでに資本主義世界を覆う閉塞感に気づいてそれを乗り越える取り組みを行っています。それは素晴らしいTrialだし、それを彼女のような才能ある若い人が行うことにも意義があります。僕はもともと若い才能が大好きだし、それは未来への希望だと思っています。
実際に$100出資しましたが、そのPerk(見返りの商品やサービス)も充実しています。
その詳しい内容は田原さんが解説してくれているので下記をご参照ください。
http://masatotahara.com/?p=1209

彼女を支援するために異能の人たちがものすごいスピードで彼女の書いた英文を日本語訳しました。僕はその光景を目の当たりにして圧倒されて最初の頃は次に訳を出してみようか、などと思っていた気持ちが吹っ飛んでしまうくらいでした。
それくらいすごい人たちがサポートしている素晴らしい才能です。
ぜひ皆さんも未来への希望を持って彼女の考えていることや行っていることを見てください。

2014年初めてのブログエントリーにして最後のブログエントリーとなりましたが、世界や社会・教育の未来について暗闇の中にも明るい光が見えてきていることを感じています。






2013年11月4日月曜日

授業の在り方について。反転授業やアクティブラーニングなどの取組をどのように取り入れるべきか

授業方法については、常に改善を目指し、試行錯誤し模索している。

例えばビジネス基礎という商業科目がある。
授業内容については下記の高等学校学習指導要領解説の17ページ以降を参照していただければ詳しく載っている。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/06/01/1282000_14.pdf

僕はこの授業を去年から担当している。
ビジネス基礎という科目は、普通教科・科目でいうと教科「公民」の科目「現代社会」に近い内容で、ビジネスにフォーカスした内容を理解するというのが目的である。
こういった内容は、通常知識詰め込み系の授業になりやすく、僕以前の担当者はみんな「板書して教科書を教える」という従来の一斉学習を行っていた。

しかし、僕がこの授業で重視しているのは「アウトプット」、それも「書く」というアウトプットではなく、「話す」というアウトプットを重視している。
知識はただ知っているだけでは価値がなく、活用されてこそ価値がでる。
テストでインプットされたものをそのまま書けたって内容を本当に理解していないと活用できない。

そのためには「授業内で板書して話を聞いて知識をインプットさせる」なんてやってられない。
なので、授業内でのインプット時間短縮のため予習(家庭学習でのインプット)を徹底してやってもらうことにした。
予め次の授業の範囲を生徒に示し、各自の手帳(スケジュール帳)に書き込ませる。
※手帳は能率手帳プランナーズが高校生向けに出している「スコラ」を使用している。 https://www.noritsutecho-planners.co.jp/scola/original_student.html

まずは大前提として
0 予習
そして本授業は次のようなプログラムで進める。
1 予習の確認・口頭テスト(10分間)
2 予習範囲の補足説明(板書、教科書)(10分間)
3 予習範囲の学習内容に沿ったテーマについてグループ(4・5人)で話し合う(10分間)
4 各グループで話し合った内容の発表と振り返り(15分間)
5 次の授業内容の範囲確認(何ページから何ページまで)と事前説明(どういう内容か)(5分間)

1の予習の確認・口頭テスト(10分間)では10人から15人くらいにキーワードを問う形で進める。予習してきたかの確認なのでノートは見てもよいが、教科書は当然見てはならない。こういった外発的動機付けはあまりしたくないのだが、ある程度の強制力がないと予習してこないため仕方ない。
手帳やノートは1ヶ月に1回は集め、その日のうちにチェックして返している。

2の 予習範囲の補足説明(板書、教科書)(10分間)は自分たちだけで教科書見て学習してもその内容が理解できていない場合や教科書外で補足する内容もあるため、その内容についてコンパクトに分かりやすく説明する必要がある。

3の予習範囲の学習内容に沿ったテーマについてグループ(4・5人)で話し合う(10分間)というのは、例えば学習内容が「保険」だったとすると、テーマは「新しい保険を考えてみよう」だったり「保険がないとどうなるか」だったりする。具体的に、何をリスクとするか、保険金の額はどの程度にすればよいかとか、保険の相互扶助の精神はどう活かされているかなどを考えさせる。その際に、「失恋保険」などの興味を引くサンプルを出し、リスクは「失恋」であること、保険金は「失恋して自棄食いするための食費分」くらいだとか、自分だけでなく誰しも失恋する可能性はあるのだから、自分が失恋しなくて「掛け捨て」になったとしてもそれは誰かのためになっているから「相互扶助」だよね、などとアイデアを出しやすく高校生の身近(?)なものにすると議論が沸きやすくなったりする。
当初はファシリテーター役や司会役、記録役を決め、交互に役を変えたりもしていたが、あまり上手く機能しなかったため、いまはグループに任せてある。

4の各グループで話し合った内容の発表と振り返り(15分間)では何グループかに発表をさせて(前グループの場合もあるが時間次第)情報の共有を図ると共に教師側でまとめて振り返りを行うことで学習の深化を行う。

5で次の授業について説明し確認・準備をさせる。

昨年1年間と今年半年ほどやってみてその成果が出ているかというと、比較対象となる集団がないため検証しづらい部分があるが、前年度の検定結果等で比較すると以前の一斉授業よりかは知識が定着しているのではないかと思う。

課題はたくさんある。
この授業の難しいところは、0予習の個人差と3のテーマの設定とグループによる話し合いの差をどう埋めるかというところがある。
予習は単にノートを写すだけ、理解していない、という生徒が多くなる危険があるし、テーマによっては話し合いにくい、話せないといった場合もある。

反復学習のようにまずeラーニングで授業を見てもらい、それの補完を本授業でグループ学習やディスカッション・ディベートのようなアクティブラーニングで行う方法が最も効果的なのは分かるが、私が現在担当している生徒の学習に対するレディネスはあまり高くなく、自宅でのeラーニング学習環境(パソコンやタブレットでネットにつないでいなくケータイやスマホでネットを閲覧)も高くない。

それでも反復学習は試行すべきだとは思っている。
eラーニング教材を今年中には用意したいし、アクティブラーニングではジグソー法も取り入れていきたい。
学習のモチベーションは、内発的動機付けを目指さなければならない。
評価や報酬をもとにした外発的動機付けよりも学習内容自体に興味を持つ内発的動機付けのほうが持続性や発展性が高いことは当然だ。

授業内容が面白い、勉強自体が楽しいという体験を積み重ねることが社会に出てからの学習への態度を決めていくと思う。

そのためにまずは さらなる自分への研修が必要だ。
良い研修会あったら教えてください。
飛んでいって、どう取り入られるか考えて、使えるモノは授業にフィードバックします。

2013年10月13日日曜日

お師匠様

お師匠様(以下師匠)に初めて会ったのは、12年前で師匠と僕とは12歳離れているので、今僕は出会った時の師匠の歳になってしまった。
師匠と出会って、その凄さに気づき、こんな人になりたいと思い、師匠と同じ歳になった時に師匠のようになれているかが、僕のこれまでの12年間の一つの指標であった。
結論から言うと、残念ながら、全くなれていない。
少しは近づくことはできたと思うけど、まだまだ遥かに及ばない。

師匠の何がすごいか。
まず第一に、優しさ、が半端ない。
誰からの頼み事も嫌な顔せずに快く引き受ける。なので、自分の仕事は深夜遅く一人になってからやることが多く、いつも睡眠時間が短い。
師匠はいつも職場の入り口から一番遠くに車を駐める。
なぜか?
不思議に思って聞いてみたら、さらっと、「自分が一番遠くに駐めていれば、他の人がより近くに駐められるからね」
こんな心遣いをしている人を僕は他に知らない。
師匠は自分に厳しく自負心が強いので、一事が万事この調子。
以前僕がお願いした些細なことを実現する為にわざわざ仕事を休んで実現してくれた。
その時に、言われたこと。
「わしが、大丈夫と言ったら、必ず大丈夫!」
人が見ていないところでの努力がものすごい。
師匠はシステム管理者としての心得をこう説いてくれた。
人のミスは責めない。
組織の逆三角形の一番下にいないといけない。

こうして書いているだけで、襟を正すこと出来ます。
有難い。

多くの人は、師匠の事を単なるコンピュータに詳しい人、音楽とアイドルが好きな人くらいにしか認識してないかもしれないのだが、師匠はその他の知識と技術も半端ない。
ネットワーク、プログラミング、音楽、法律、漫画、猫などなど。
どれを語らせても一流です。
ネットワークは、自力で1からLANを構築することができるし、Webサーバの保守のために毎晩R&D を行っている。へこらへんのエンジニアなんかよりよっぽど知識と技術がある。
音楽もものすごーくて、昔ヤマハのなにかの大会のテーマ曲を作ったことがあったり、今でも毎年年末に電子サキソフォンを吹き鳴らしている。
法律は弁護士よりも詳しかったりする(弁護士を多く輩出している某私立大学法学部法律学科を働きながら通信で卒業しているので、最終学歴はそこになるはずだが、本人はめんどくさがって、プロフィール等にはあまり書いていない。
昔BSでやってた「BSマンガ夜話」について、僕がファンであることが分かるとものすごく嬉しそうだった。
猫雑誌をよく買い路上に猫がいるとよく話しかけていた。

実は家柄もすごいのだが、本人はそれについても、よく知らん、と言ってあまり語られない。

謙虚で膨大な知識と技術を持ち自負心が強く(いたずら好きで)いつまでも若い。

僕は2年間一緒の職場で働かせてもらい大変幸せだった。
物心両面で大変お世話になり、晩御飯も当時付き合っていた彼女とよりも多く一緒に食べたと思う。当時は僕が貧しかったということもあるかもしれないが、全て師匠が出し、僕が飯代を出したことはなかった。
夜仕事しているとIPメッセンジャーから「めしは?」とポップアップ表示される。嬉しかった。

お茶目で何でも面白がった。
ある時師匠が同僚の女性から家のプリンタの修理を頼まれた。
するとビデオカメラを二台持って僕の前に現れ、「⚪︎⚪︎の二股疑惑が発覚!解明するために今からガサ入れ(当時流行っていたロンブーの番組)にいく!」
そんな面白い企画に僕が乗らないわけがなく、仕事を放ったらかして師匠を横に乗せて車を走らせた。
もし師匠に出会わなければ、今の僕はない。
今でも師匠には度々お世話になっているが、未だにまともに恩返しが出来ていない。
僕は上の世代から受けた恩は下の世代に返していくことを信条にしているのだが、師匠から受けた恩は下にはもちろんのこと、師匠自身にきちんとお返ししたいと考えている。
何より僕自身が成長してまわりに良い影響を与えられる人間になることが先決ですが。
次のブログエントリーも師匠について書こうと思う。師匠からいただいた元気の出るメールシリーズです。
ご期待あれ!きっとみなさんも元気が出ます!

※師匠から許可ご出たら。

2013年3月30日土曜日

10代が地域(萩)の活性化について真剣に考えることが萩の未来とその子たちの生きる力につながるんじゃないだろうか?

久々に更新します。
現在3月30日(土)2時10分。
朝7時に山口を出発し、8時から仕事して18時からのイベントに参加し、懇親会、2次会に参加し、いままた職場に戻って仕事してます。


今日のイベントに参加したことで、自分の中で確信したことが1つある。
やはり、地域(萩)は地域の若者(特の10代)に未来を考えてもらったほうがいい。
僕は、ぼんやりと今年に入って考えてきたことは、「萩大会議」または「萩未来大会議」の開催です。
10代(小学校4年生から20歳になる前の青年)が集まって萩の未来について真剣に考える会議をする。
それを、萩の大人たちが見守り、議論を発展させていく。
萩市役所、萩商工会議所、萩JC、萩市観光協会、萩シーマート、萩井上商店、萩観光ガイド協会、萩旅館組合、萩焼窯元、萩ガラス工房、萩の教育関係者(小学校から高校)などの萩で未来について語り合う機会を創りたい。


最初は小さく始まってもいいと思う。
核(コンセプト)がしっかりあれば、人は集まってくる。
信念を持って行動するリーダーが1人いれば、人は集まってくる。
「萩LOVE」ってコンセプトは、人をつなぐと思う。
リーダーは大平さんや僕でもいいし、大平さんや僕以外の誰でもいいと思う。
触媒になれればそれでいい。


萩を愛する皆さん、または山口県を愛する皆さん、ぜひ力を貸して下さい。
面白いことを、みんなでやりましょう!